合同会社の「社員」という言葉。
出資者と従業員のどちらを指すか混乱していませんか?
この記事を読めば、会社法上の「社員」と一般的な従業員との法的な違いが明確になります。
結論として、出資しない社員(従業員)は原則、経営権を持たず会社の負債に個人的な責任も負いません。
しかし、トラブルを防ぐには雇用契約や定款での取り決めが不可欠です。
権限と責任の範囲からトラブル防止策までを具体的に解説し、あなたの疑問を解消します。
そもそも合同会社の「社員」とは?出資しない社員(従業員)との違い
合同会社について調べていると、「社員」という言葉が頻繁に登場します。
しかし、この「社員」という言葉は、私たちが普段使う意味とは異なり、混乱を招く原因となりがちです。
特に「出資しない社員」というキーワードで検索されている方は、この点に疑問をお持ちのことでしょう。
結論から言うと、合同会社における「出資しない社員」とは、一般的に「従業員」を指します。
会社法で定められた「社員」は会社の出資者を意味するため、両者は全く異なる立場です。
この違いを理解することは、合同会社の組織構造を把握し、後のトラブルを防ぐ上で非常に重要です。
この章では、まず合同会社における「社員」の正しい定義を明確にし、一般的な従業員との根本的な違いを詳しく解説します。
会社法における「社員」は出資者のこと
まず最も重要なポイントとして、会社法で定められている合同会社の「社員」とは、会社にお金を出資したオーナー(出資者)のことを指します。
これは、株式会社における「株主」に近い存在と考えると理解しやすいでしょう。
合同会社は、株式会社と同じく法人格を持つ会社形態の一つですが、「持分会社(もちぶんがいしゃ)」というカテゴリに分類されます。
そして、会社法では持分会社の出資者のことを「社員」と呼ぶと定められています(会社法第575条)。
したがって、合同会社の「社員」は、会社の所有者であり、原則として会社の経営にも関与する権利と責任を持つ、非常に重要な立場なのです。
単に会社に雇用されて給与を受け取る従業員とは、その役割も立場も全く異なります。
一般的な従業員としての「社員」との根本的な違い
では、会社法上の「社員(出資者)」と、私たちが日常的に使う「社員(従業員)」は具体的に何が違うのでしょうか。
両者の立場は、契約の種類、権限、責任の範囲など、あらゆる面で異なります。
その違いを以下の表にまとめました。
項目 | 会社法上の「社員」(出資者) | 一般的な「社員」(従業員) |
---|---|---|
定義 | 会社への出資者であり、会社の所有者 | 会社に労働力を提供する労働者 |
会社との関係 | 会社の経営主体(オーナー) | 会社に雇用される側 |
根拠となる契約 | 定款、社員としての契約 | 雇用契約(労働契約) |
主な権限 | 業務執行権、代表権、経営に関する議決権など | 指揮命令下で業務を遂行する義務 |
会社への責任 | 有限責任(原則、出資額の範囲内で責任を負う) | 故意・重過失により会社に損害を与えた場合の損害賠償責任 |
得られる対価 | 利益の配当(会社の業績に応じる) | 給与、賞与(労働の対価) |
このように、両者は「会社との契約の種類」と「会社に対する立場」が根本的に異なります。
会社法上の「社員」は会社の経営そのものを担うパートナーである一方、従業員は会社との雇用契約に基づき、労働力を提供してその対価として給与を得る立場です。
この区別を曖昧にしていると、権限や責任の範囲で認識のズレが生じ、トラブルの原因となります。
なぜ「社員」という言葉で混乱が起きるのか
これほど明確な違いがあるにもかかわらず、なぜ「社員」という言葉はこれほどまでに混乱を招くのでしょうか。
その理由は、主に以下の2つが考えられます。
一つ目は、「法律用語」と「日常用語」の意味が大きく異なるためです。
一般社会では、会社に勤めている人全般を指して「〇〇会社の社員です」と自己紹介するのが当たり前です。
この日常的な感覚のまま合同会社の制度を見ると、法律上の定義とのギャップに戸惑ってしまうのです。
二つ目は、株式会社との構造の違いです。広く普及している株式会社では、出資者は「株主」、経営者は「取締役」、労働者は「従業員」というように、それぞれの役割と呼称がある程度明確に分かれています。
しかし合同会社では、原則として出資者(社員)が経営者(業務執行社員)を兼ねるため、「社員」という一つの言葉が複数の役割を内包する形になり、構造が直感的に分かりにくいのです。
こうした背景から、「合同会社の社員」という言葉を聞いたときに、それが「出資者」を指すのか、それとも「従業員」を指すのかが曖昧になり、混乱が生じてしまいます。
この言葉の使い分けを正しく理解することが、合同会社の仕組みを把握し、無用なトラブルを未然に防ぐための重要な第一歩と言えるでしょう。
【権限編】合同会社で出資しない社員に経営権はあるのか

合同会社で働く「出資していない社員」、つまり一般的な従業員は、会社の経営にどこまで関わることができるのでしょうか。
結論から言うと、原則として、出資しない社員(従業員)に会社の経営権はありません。
経営に関する重要な意思決定や業務の執行は、出資者である「社員」が行うのが基本です。
この章では、合同会社における権限の所在を詳しく解説し、従業員が経営に関与する方法についても探っていきます。
原則として経営に関する議決権や業務執行権はない
会社法において、合同会社の経営方針を決定する権限は、出資者である「社員」に与えられています。
具体的には、事業計画の承認や定款の変更といった重要事項を決定する「議決権」や、日々の業務を遂行する「業務執行権」がこれにあたります。
出資をしていない従業員は、会社との間で雇用契約を結んでいる立場です。
そのため、契約で定められた業務を行う義務はありますが、会社の所有者ではないため、経営の根幹に関わる議決権や業務執行権は持たないのが大原則です。
これは、株式会社において、株主総会での議決権が株主(出資者)にあり、一般の従業員にはないのと同じ構造です。
業務執行権と代表権を持つのは誰か
では、合同会社の経営は具体的に誰が担うのでしょうか。
その中心となるのが「業務執行社員」と「代表社員」です。これらの権限は定款で定めることで、特定の社員に集約させることが可能です。
業務執行社員の役割
業務執行社員とは、その名の通り、会社の業務を執行する権限を持つ社員(出資者)のことです。
定款で特に定めがない場合は、原則として全社員が業務執行社員となります。
しかし、多くの合同会社では、経営の意思決定をスムーズにするため、定款で特定の社員を「業務執行社員」として定めています。
業務執行社員は、日々の営業活動、契約の締結、従業員の管理など、会社の事業運営に関する具体的な意思決定と実行を担います。
株式会社でいうところの「取締役」に近い役割と考えると分かりやすいでしょう。
代表社員の役割
代表社員は、業務執行社員の中から選ばれる、会社を代表する権限を持つ社員です。
株式会社の「代表取締役」に相当する立場で、会社の顔として、法律行為や重要な契約などを行います。
代表社員は、業務執行社員が複数いる場合に、定款の定めまたは業務執行社員の互選によって選出されます。
代表社員の氏名と住所は登記事項であり、法務局に登記されるため、会社の代表者であることが公的に証明されます。
立場 | 経営の意思決定(議決権) | 業務執行権 | 会社代表権 |
---|---|---|---|
出資しない社員(従業員) | なし | なし(雇用契約の範囲内での業務のみ) | なし |
社員(出資者) ※業務執行社員ではない | あり | なし | なし |
業務執行社員 | あり | あり | なし(代表社員でなければ) |
代表社員 | あり | あり | あり |
出資しない社員を経営に関与させる方法はある?
原則として経営権がない従業員でも、その能力や経験を経営に活かしたいと考えるケースは少なくありません。
法律上の経営権を直接与えることはできませんが、間接的に経営に関与させる方法はいくつか存在します。
主な方法としては、以下の3つが挙げられます。
- 役職と職務権限を与える: 「部長」「事業責任者」といった役職を与え、その役職に応じた決裁権限や予算管理の権限を委譲する方法です。これは会社法上の権限ではなく、あくまで社内規程(職務権限規程など)に基づくものです。権限の範囲を明確に文書化しておくことがトラブル防止の鍵となります。
- 経営会議への参加を認める: 重要な意思決定を行う社員総会での議決権はありませんが、経営戦略を議論する会議などにオブザーバーとして参加させ、意見を述べてもらう方法です。現場の視点を取り入れることで、より実態に即した経営判断が可能になります。
- 業務執行社員にする: 後の章で詳しく解説しますが、定款を変更することで、出資をしていない従業員を「業務執行社員」に就任させることも可能です。これにより、従業員の立場を維持したまま、正式な業務執行権を持たせることができます。ただし、これには定款変更などの手続きが必要となります。
いずれの方法を取るにせよ、従業員にどこまでの権限を委譲するのかを明確に定義し、全社員および対象となる従業員自身が正しく理解しておくことが、円滑な組織運営のために不可欠です。
【責任編】出資しない社員は会社の負債をどこまで負うのか

合同会社で働く上で、「もし会社が倒産したら、自分の財産まで差し押さえられるのではないか」と不安に思う方もいるかもしれません。
特に「社員」という言葉の使われ方が特殊なため、責任の範囲について誤解が生じやすいのが実情です。
ここでは、出資をしていない社員(従業員)が負う責任の範囲について、法的な観点から詳しく解説します。
会社の負債に対して個人的な責任は負わない
まず最も重要な結論からお伝えします。
合同会社に出資していない社員(従業員)は、会社の負債に対して法的な返済義務を一切負いません。
これは、会社が銀行から多額の融資を受けていたり、取引先への支払いが滞っていたりする場合でも同様です。
なぜなら、会社という「法人」と、そこで働く従業員という「個人」は、法律上まったくの別人格として扱われるからです。
会社の負債はあくまで「法人」の負債であり、従業員個人の負債ではありません。
万が一、会社が倒産や破産といった事態に陥ったとしても、会社の債権者(銀行や取引先など)が従業員の個人資産を差し押さえることは法的に不可能です。
この点は、個人事業主が事業の負債をすべて個人で負うのとは根本的に異なります。
したがって、出資を伴わない雇用契約のみで合同会社に勤務している方は、会社の経営状態が悪化したとしても、ご自身の財産に直接的な影響が及ぶ心配はないと理解しておきましょう。
出資者である「社員」が負う有限責任との比較
一方で、会社法上の「社員」、つまり会社の出資者は、会社に対して一定の責任を負います。
ただし、株式会社の株主と同様に、その責任は「有限責任」です。
有限責任とは、会社の債権者に対して、自分が出資した金額の範囲内でのみ責任を負うという原則です。
例えば、100万円を出資して合同会社の社員になった場合、会社がどれだけ大きな負債を抱えて倒産したとしても、その社員が失うのは最大でも出資した100万円までです。
出資額を超えて個人の財産から返済を求められることはありません。
出資しない社員(従業員)と、出資者である社員の責任範囲の違いをまとめると、以下のようになります。
出資しない社員(従業員) | 出資者である社員 | |
---|---|---|
立場 | 会社との間で雇用契約を締結した労働者 | 会社に出資し、経営に参加する構成員 |
会社の負債に対する責任 | 一切負わない(責任ゼロ) | 出資額を上限とする有限責任 |
会社倒産時の個人資産への影響 | 原則として、まったくない | 出資した財産は失うが、それ以上の請求は受けない |
このように、両者の責任の範囲には明確な違いがあります。
「社員」という言葉だけで判断せず、自身が「出資者」であるか「従業員」であるかを正しく認識することが重要です。
従業員が会社に損害を与えた場合の責任
会社の負債とは別に、従業員自身の行為が原因で会社に損害を与えてしまった場合はどうなるのでしょうか。
この場合は「債務不履行」や「不法行為」に基づき、会社から従業員個人に対して損害賠償を請求される可能性があります。
具体的には、以下のようなケースが考えられます。
- 会社の重要なデータを故意に消去した
- 重大な不注意(重過失)による発注ミスで、会社に多額の損失を与えた
- 会社の備品や車両を、業務外の私的な目的で使用し、破損させた
ただし、ここで注意すべき点があります。
従業員が損害賠償責任を負うのは、その行為に「故意」または「重大な過失」が認められる場合に限られるのが一般的です。
通常の業務で起こりうる軽微なミス(軽過失)によって損害が発生したとしても、直ちに賠償責任を問われることは稀です。
さらに、万が一、損害賠償責任を負うことになったとしても、発生した損害の全額を従業員一人に負担させることは、裁判例上ほとんど認められていません。
これは「責任制限の法理」と呼ばれ、従業員の業務内容、労働条件、会社の管理体制、損害発生への会社の寄与度などを総合的に考慮し、従業員が負担すべき賠償額は公平な観点から相当な範囲に制限されます。
会社としては、従業員のミスを未然に防ぐための管理体制を構築する義務(使用者としての配慮義務)も負っているため、損害のすべてを従業員に転嫁することはできないのです。
合同会社で出資しない社員を雇用する際のトラブル防止策

合同会社において、出資をしていない従業員(会社法上の「社員」ではない)を雇用する際には、その権限と責任の範囲をめぐってトラブルが発生しがちです。
特に、合同会社は組織の自由度が高い分、役割分担が曖昧になりやすい傾向があります。
ここでは、経営者と従業員の双方が安心して業務に集中できるよう、事前に講じておくべき具体的なトラブル防止策を解説します。
雇用契約書で権限と責任の範囲を明確にする
最も基本的かつ重要な対策は、雇用契約書の内容を精査し、従業員の権限と責任の範囲を明確に書面で定めることです。
口頭での約束は「言った・言わない」の水掛け論になりやすく、トラブルの元凶となります。
雇用契約書には、少なくとも以下の項目を具体的に記載しましょう。
- 業務内容の具体化: 担当する業務、プロジェクト、職務の範囲を詳細に記述します。「営業業務全般」のような曖昧な表現ではなく、「既存顧客へのルートセールス及び新規顧客開拓(エリア:東京都内)」のように、誰が読んでも誤解が生じないレベルまで具体化することが理想です。
- 職務権限の明記: 契約の締結権限、金額の決裁権限、部下の管理権限など、従業員に与えられる権限の範囲と上限を明確にします。例えば、「10万円以下の備品購入に関する決裁権を有する」といった具体的な記述が有効です。
- 経営への不関与: 従業員は会社の経営に関する意思決定(社員総会での議決権行使など)には関与しないことを明確に記載します。これにより、従業員が経営権を持っていると誤解することを防ぎます。
- 呼称の統一: 契約書内では、出資者を指す「社員」と、労働契約を結ぶ「従業員」を明確に区別して使用します。これにより、会社法上の立場と労働法上の立場の混同を防ぎます。
- 責任の範囲: 会社の負債に対して、出資者である社員のように有限責任を負うのではなく、あくまで労働契約の範囲内での責任に限定されることを念のため記載しておくと、より丁寧です。
役職名の付け方に関する注意点
従業員のモチベーション向上のために役職を付与することは有効ですが、その名称には細心の注意が必要です。
特に、会社の代表権や業務執行権を持つと外部から誤解されかねない役職名は、思わぬトラブルを引き起こす可能性があります。
例えば、「代表」「CEO(最高経営責任者)」「COO(最高執行責任者)」「執行役員」といった役職名を、出資していない従業員に安易に与えるのは避けるべきです。
取引先や金融機関が、その従業員を合同会社の「代表社員」や「業務執行社員」であると誤認し、権限外の契約を締結してしまうリスクがあるためです。
万が一、権限がないことを知りながら従業員が会社を代表するような名称を用いた場合、会社がその従業員の行為について責任を負わなければならないケース(表見代表社員の規定の類推適用)も考えられます。
トラブルを避けるため、役職名は従業員の職責を的確に表すものを選びましょう。
推奨される役職名 | 注意が必要な役職名 | 注意が必要な理由 |
---|---|---|
部長、課長、マネージャー、リーダー | 代表、共同代表 | 代表社員(会社の代表権を持つ)と誤認されるリスクが極めて高い。 |
事業部長、本部長 | CEO、COO、CFO | 経営の最高責任者と誤認され、過大な権限を持つと見なされる可能性がある。 |
セールスマネージャー、開発リーダー | 執行役員 | 株式会社の役員(取締役)に近い存在と見なされ、会社の業務執行権を持つと誤解されやすい。 |
シニアコンサルタント、プリンシパル | 社員 | 会社法上の「社員」(出資者)と混同を招き、権限や責任について誤解を生む原因となる。 |
定款への記載で業務執行の範囲を定めておく
会社の内部統制を強化する上で、定款の定めは非常に重要です。
合同会社では、原則として出資者である全社員が業務執行権を持ちますが、定款で特定の社員のみを「業務執行社員」として定めることができます。
このように定款で業務執行者を限定しておくことで、それ以外の者(業務執行権のない社員や全従業員)が会社の業務執行に関与できないことが社内外に対して明確になります。
これは、従業員との間の権限トラブルを防ぐだけでなく、出資はするが経営には関与したくない社員がいる場合にも有効な方法です。
定款に「当会社の業務は、業務執行社員たる〇〇がこれを執行する」といった一文を加えておくだけで、会社の意思決定プロセスが明確化され、従業員による権限逸脱行為を抑制する効果が期待できます。
退職時のトラブルを防ぐためのポイント
従業員の雇用に関するトラブルは、在職中だけでなく退職時に発生することも少なくありません。
特に重要な業務を任せていた従業員の退職に際しては、以下の点を雇用契約書や就業規則で定めておくことが重要です。
- 秘密保持義務: 在職中に知り得た顧客情報、技術ノウハウ、財務情報などの会社の機密情報を、退職後も第三者に漏洩したり、不正に使用したりしないことを約束させる条項です。対象となる情報の範囲を具体的に示し、義務が継続する期間を定めておきましょう。
- 競業避止義務: 退職後、一定期間、一定の地域で、会社の事業と競合する事業を行ったり、競合他社に就職したりすることを制限する条項です。ただし、これは従業員の職業選択の自由を制限するため、期間(例:1〜2年)、場所(例:特定の都道府県)、職種の範囲を合理的な範囲に限定しなければ、公序良俗に反し無効と判断される”strong>可能性があります。
- 退職手続きの明確化: 退職の申し出時期(例:退職希望日の1ヶ月前まで)、業務の引継ぎに関する義務、貸与品(PC、携帯電話、社員証など)の返却手続きなどを明確に定めておくことで、スムーズな退職プロセスを促し、トラブルを未然に防ぎます。
これらの対策を講じることで、出資しない従業員との間に起こりうる権限や責任に関する誤解やトラブルを効果的に防止し、健全な会社運営を実現することができます。
出資しない社員から業務執行社員になることは可能か

合同会社で働く従業員(出資していない社員)が、その能力や功績を認められ、会社の経営を担う「業務執行社員」へとステップアップすることは十分に可能です。
会社の成長に貢献してきた従業員にとって、これは大きなモチベーションとなるでしょう。
ただし、そのためには法律で定められた手続きを踏む必要があり、主に2つの方法が考えられます。
ここでは、出資しない社員が業務執行社員になるための具体的な方法と、それぞれの注意点について詳しく解説します。
社員(出資者)になるための手続き
最も一般的な方法は、従業員が新たに出資を行い、会社の「社員(出資者)」になることです。
出資者である社員になった上で、業務執行社員に就任します。
これは、会社法で定められた「社員の追加」という手続きにあたります。
この方法では、従業員は単に経営に参加するだけでなく、会社の所有者の一員にもなります。
会社の所有と経営の両方に関与することになり、より強い当事者意識を持って業務にあたることが期待できます。
手続きの主な流れは以下の通りです。
ステップ | 手続きの概要 | 重要なポイント |
---|---|---|
1. 総社員の同意 | 新たに従業員を社員(出資者)として加えることについて、既存の社員全員の同意を得ます。 | 定款に別段の定め(例:過半数の同意で可など)があれば、その定めに従います。 |
2. 定款の変更 | 総社員の同意を得て、定款を変更します。新たに追加される社員の氏名、住所、出資価額などを定款に記載します。 | 同時に、その新しい社員を業務執行社員とする旨も定款に定めることが一般的です。 |
3. 出資の履行 | 新しい社員となる従業員は、定款で定められた金額の出資を払い込みます。 | 金銭だけでなく、不動産や有価証券などの現物出資も可能ですが、その場合は評価額の証明など複雑な手続きが必要です。 |
4. 変更登記 | 社員の追加と定款変更が完了したら、2週間以内に法務局へ変更登記を申請します。 | 登記を怠ると過料の対象となる可能性があるため、速やかに行う必要があります。 |
この方法は、会社にとっては新たな資金調達になるというメリットがありますが、従業員側には出資という金銭的な負担が発生する点がデメリットと言えるでしょう。
出資せずに業務執行社員になるための定款の定め
「従業員に経営手腕を発揮してほしいが、出資の負担はさせたくない」というケースもあります。
実は、合同会社では出資をせずに業務執行社員になる道も用意されています。
会社法の原則では、業務執行社員は「社員(出資者)」の中から定款で定めることになっています。
しかし、例外として「定款で社員でない者を業務執行社員と定めることを妨げない」という規定が存在します(会社法第591条第1項但書)。
この規定を活用することで、出資を伴わずに従業員を経営の執行役に任命できるのです。
この方法を実現するための重要なポイントは、あらかじめ定款に「社員以外の者からも業務執行社員を選任できる」という趣旨の条文を設けておくことです。
この定めがない場合、まずは定款変更の手続きが必要になります。
定款に定めがある場合、具体的な手続きは以下のようになります。
- 業務執行社員の選任
定款の定めに従い、総社員の同意などによって、対象となる従業員を業務執行社員として選任します。 - 就任の承諾
選任された従業員は、業務執行社員に就任することを承諾します。書面で「就任承諾書」を作成しておくのが一般的です。この際、従業員としての雇用契約とは別に、会社と業務執行社員との間で「委任契約」を締結し、権限、責任、報酬などを明確にしておくことがトラブル防止につながります。 - 変更登記
業務執行社員の就任は登記事項です。就任承諾から2週間以内に、法務局へ変更登記を申請します。
この方法は、従業員に出資負担なく経営参画の機会を与えられ、優秀な人材の確保やリテンション(引き留め)に繋がるという大きなメリットがあります。
一方で、会社の所有者(出資者)と経営の執行者が分離するため、両者の意見が対立した場合に意思決定が複雑化する可能性も考慮しておく必要があります。
なお、出資していない業務執行社員であっても、会社に対しては善管注意義務(善良な管理者の注意をもって業務を行う義務)や忠実義務を負い、任務を怠って会社に損害を与えた場合には、損害賠償責任を負うことになる点は、出資している業務執行社員と同様です。
合同会社の出資しない社員に関するよくある質問

ここでは、合同会社の「出資しない社員」、すなわち従業員に関して、現場でよく疑問に思われる点についてQ&A形式で詳しく解説します。
具体的なケースを想定することで、より深く理解できるでしょう。
出資しない社員を役員にすることはできますか?
結論から言うと、社内的な役職としての「役員」に就けることは可能ですが、会社法上の意味合いが株式会社とは異なります。
株式会社には「取締役」や「監査役」といった会社法で定められた「役員」という機関が存在します。
しかし、合同会社にはこれらの機関がありません。
合同会社の経営は、原則として出資者である「社員」全員が「業務執行社員」として行います。
そのため、出資していない従業員を「役員」とする場合、その位置づけは主に以下の2つのケースに分かれます。
- 社内的な職制上の役職として「役員」とするケース
「執行役員」「事業部長」といった肩書きを与えるケースです。これはあくまで会社内部での呼称や待遇上の地位であり、会社法上の業務執行権や代表権を持つわけではありません。権限や責任の範囲は、会社との間で結ぶ雇用契約や委任契約によって定められます。 - 定款の定めにより「業務執行社員」とするケース
合同会社では、定款に定めることで、出資者ではない人物を「業務執行社員」に選任できます。この場合、その従業員は単なる肩書きだけでなく、会社法に基づいた経営責任と権限(業務執行権)を負うことになります。会社の経営判断に正式に関与し、それに応じた責任も発生するため、就任には慎重な判断が必要です。
つまり、「役員」という言葉が何を指すのかによって、その権限と責任は大きく変わるのです。
従業員に経営への参画を促す際は、どの立場で関わってもらうのかを明確にし、当事者間でしっかりと合意形成をすることが不可欠です。
パートやアルバイトも出資しない社員に含まれますか?
はい、含まれます。
この記事で使っている「出資しない社員」という言葉は、法的な「社員(出資者)」と区別するために用いている「従業員」の総称です。
したがって、会社と雇用契約を結んでいる労働者であれば、その雇用形態は問いません。
正社員、契約社員、嘱託社員はもちろん、パートタイマーやアルバイトスタッフもすべて「出資しない社員(従業員)」に該当します。
彼らは会社の出資者ではないため、会社の経営に関する議決権はなく、会社の債務に対して個人的な責任を負うこともありません。
労働基準法などの労働法規によって保護される立場である点は、正社員と同様です。
業務執行権を持たない社員(出資のみ)と従業員の違いは何ですか?
「業務執行権を持たない社員(出資のみの社員)」と「従業員(出資しない社員)」は、どちらも会社の経営の最前線には立ちませんが、その法的な立場、権限、責任は全く異なります。
両者の違いを正しく理解することは、合同会社の組織構造を把握する上で非常に重要です。
両者の違いを以下の表にまとめました。
項目 | 業務執行権を持たない社員(出資のみ) | 従業員(出資しない社員) |
---|---|---|
立場 | 会社の出資者(オーナーの一員) | 会社の労働者(雇用契約の当事者) |
会社への関わり方(権限) | ・経営には直接関与しない。 ・定款に別段の定めがなければ、他の社員と同様に会社の重要事項に対する議決権を持つ。 ・会社の業務および財産の状況を調査する権利(監視権)を持つ。 | ・経営に関する議決権や監視権はない。 ・雇用契約に基づき、指揮命令下で定められた業務を行う。 |
会社の債務に対する責任 | 会社の債務に対し、出資した価額を限度とする有限責任を負う。 | 会社の債務に対し、個人的な責任は一切負わない。 |
会社に損害を与えた場合の責任 | 任務を怠ったこと(任務懈怠)による損害賠償責任を負うことがある。 | 故意または重大な過失によって会社に損害を与えた場合、損害賠償責任を負うことがある。 |
根拠となる法律・契約 | 会社法、定款 | 労働基準法、労働契約法、雇用契約書 |
このように、出資のみの社員は「会社の所有者」としての側面を持ち、経営を監視する権利と有限責任を負うのに対し、従業員はあくまで「労働力の提供者」として雇用契約の範囲内で働き、会社の債務に責任を負わないという根本的な違いがあります。
まとめ
合同会社の「出資しない社員」とは一般的な従業員のことであり、出資者である会社法上の「社員」とは根本的に異なります。
そのため、原則として経営に関する権限はなく、会社の負債に対して個人的な責任を負うこともありません。
この違いを正しく理解し、雇用契約書や定款で権限と責任の範囲を明確にすることが、後のトラブルを防ぐ上で極めて重要です。