合同会社の成功は、経営の舵取り役である「業務執行社員」の適切な選定にかかっています。
この記事を読めば、業務執行社員の役割や責任範囲、代表社員との違いが明確になります。
さらに、事業に適した人材を選ぶ5つのポイントから、定款への定め方、登記手続きまでを網羅的に解説。
誰を、どのように選ぶべきかという疑問を解消し、円滑な会社経営を実現するための知識がすべて手に入ります。
合同会社の業務執行社員とは?基本的な役割を解説
合同会社の設立や運営を考える上で、必ず理解しておきたいのが「業務執行社員」の存在です。
合同会社は、原則として出資者である「社員」全員が業務を執行する権限を持ちますが、定款で特定の社員のみを「業務執行社員」として定めることができます。
これにより、会社の経営を担う人と、出資のみを行う人を明確に分けることが可能になります。
業務執行社員の基本的な役割は、その名の通り「会社の業務を執行する」ことです。
具体的には、事業計画の策定と実行、契約の締結、資金の管理、従業員の雇用やマネジメントなど、会社経営に関するあらゆる意思決定と実行を担当します。
会社の舵取り役として、事業を円滑に進め、成長させていく中心的な存在と言えるでしょう。
業務執行社員と代表社員の違い
業務執行社員と混同されやすい役職に「代表社員」があります。
両者は密接に関連していますが、その役割と権限には明確な違いがあります。
代表社員は、業務執行社員の中から選ばれる、いわば「会社の顔」となる存在です。
業務執行社員が社内的な業務執行全般を担うのに対し、代表社員はそれに加えて、会社を代表して法律行為(契約など)を行う権限を持ちます。
例えば、重要な契約書に会社の代表として署名・捺印するのは代表社員の役割です。
業務執行社員が複数いる場合は、その中から代表社員を定めるのが一般的です。
もし業務執行社員が一人しかいない場合は、その社員が自動的に代表社員となります。
項目 | 業務執行社員 | 代表社員 |
---|---|---|
役割 | 会社の業務執行(経営)を担当する | 業務執行に加えて、会社を対外的に代表する |
選出方法 | 定款の定めに基づき、社員の中から選ばれる | 原則として、業務執行社員の中から選ばれる |
権限 | 業務執行権(会社の内部的な経営判断や実行) | 業務執行権 + 代表権(契約締結など対外的な法律行為) |
位置づけ | 会社の経営陣 | 経営陣のトップ、会社の公式な代表者 |
業務執行社員と単なる「社員」の違い
合同会社における「社員」という言葉は、一般的に使われる「従業員」とは意味が全く異なります。
会社法における合同会社の「社員」とは、会社にお金を出資した「出資者」全員を指します。
この点を理解することが、業務執行社員との違いを把握する上で非常に重要です。
すべての社員は、原則として会社の業務を執行する権利と義務を持ちます。
しかし、前述の通り、定款で特定の社員を「業務執行社員」と定めた場合、それ以外の社員は業務執行権を持たず、出資者としての役割に専念することになります。
つまり、「社員」という大きな括りの中に、「業務執行権を持つ社員(=業務執行社員)」と「業務執行権を持たない社員」が存在する、という関係性です。
項目 | 社員 | 業務執行社員 |
---|---|---|
定義 | 合同会社への出資者全員 | 社員の中から選ばれ、業務執行を担う者 |
経営への関与 | 原則として全員が業務執行権を持つが、定款で制限可能 | 会社の経営判断と業務の実行を担う |
関係性 | すべての業務執行社員は「社員」であるが、すべての「社員」が業務執行社員であるとは限らない |
株式会社の取締役との比較
合同会社を検討する際、多くの方が株式会社の「取締役」と比較します。
どちらも会社の経営を担う役職ですが、その性質にはいくつかの重要な違いがあります。
最も大きな違いは、その選ばれ方と任期です。合同会社の業務執行社員は、原則として出資者である社員の中から選ばれ、法律上の任期はありません。
一方、株式会社の取締役は、出資者である株主でなくても就任でき、原則として2年(非公開会社の場合は定款で最長10年まで伸長可能)という任期が定められています。
この違いは、合同会社が「人的な信頼関係」を重視する組織であるのに対し、株式会社が「資本」を中心に運営される組織であるという、両者の根本的な思想の違いから生じています。
項目 | 合同会社の業務執行社員 | 株式会社の取締役 |
---|---|---|
位置づけ | 出資者兼経営者(所有と経営の一致が原則) | 株主から経営を委任された者(所有と経営の分離が原則) |
資格要件 | 原則として社員(出資者)である必要がある | 株主である必要はない |
任期 | 法律上の定めはなく、無任期(定款で定めることは可能) | 原則2年(非公開会社は最長10年まで伸長可能) |
意思決定 | 原則として社員全員の同意(定款で別段の定めが可能) | 取締役会または株主総会での決議 |
合同会社の業務執行社員は誰がなれる?資格や要件

合同会社の経営を担う「業務執行社員」。
会社の舵取り役となる重要なポジションですが、一体どのような人がなれるのでしょうか。
結論から言うと、業務執行社員になるために、特別な国家資格や学歴は一切必要ありません。
しかし、誰でも無条件になれるわけではなく、会社法に基づいたいくつかの要件が存在します。
この章では、業務執行社員になるための具体的な資格や要件について、詳しく解説していきます。
原則として出資した社員の中から選ばれる
合同会社の業務執行社員は、原則としてその会社に出資した「社員」の中から選ばれます。
合同会社における「社員」とは、一般的な従業員のことではなく、株式会社でいう「株主」にあたる出資者のことを指します。
つまり、会社の所有者である出資者が、自ら会社の経営も担うというのが基本的な考え方です。
定款で特に業務執行社員を定めない場合は、出資者である社員全員が業務執行社員となります。
一方で、複数の社員がいる場合、定款の定めによって特定の社員のみを業務執行社員とすることも可能です。
この場合、業務執行権を持たない社員は、会社の業務執行を監視する役割を担います。
業務執行社員になるための具体的な要件は以下の通りです。
- 年齢:未成年者であっても、法定代理人(親権者など)の同意があれば業務執行社員になることができます。その場合、法定代理人の同意書や印鑑証明書などが必要になります。
- 国籍:日本国籍を持たない外国人の方でも、業務執行社員になることに制限はありません。日本に住所がなくても就任可能ですが、登記手続きにおいて日本の印鑑証明書が取得できない場合、代わりにサイン証明書(署名証明書)などが必要となります。
- 資格:前述の通り、弁護士や公認会計士のような特定の国家資格は不要です。
重要なのは、出資者である「社員」であることです。
社員ではない第三者を、いきなり業務執行社員として迎えることはできません。
もし外部の専門家などを経営に加えたい場合は、まずその人に社員(出資者)になってもらう手続きが必要です。
法人が業務執行社員になることも可能
合同会社では、個人(自然人)だけでなく、株式会社などの「法人」も業務執行社員になることができます。
これは、他の法人が持つ専門知識やノウハウ、ブランド力などを活用したい場合に有効な手段です。
法人が業務執行社員になる場合、その法人は実際に業務を執行する担当者として「職務執行者」を一人選任し、その氏名と住所を他の社員に通知しなければなりません。
この職務執行者は、法人そのものではなく、個人(自然人)である必要があります。
例えば、A株式会社がB合同会社の業務執行社員になった場合、A株式会社は自社の役員や従業員の中からCさんを職務執行者として選び、「CさんがB合同会社の業務執行を担当します」と通知する、という流れになります。
この職務執行者の氏名と住所は、登記事項証明書(登記簿謄本)にも記載されます。
法人が業務執行社員になることは、事業連携やグループ会社経営など、多様な経営戦略を実現するための選択肢の一つと言えるでしょう。
業務執行社員を置かないケースとは
合同会社では、定款であえて「業務執行社員」を特定しない、という選択も可能です。
この場合、会社法に基づき、出資者である社員全員が業務執行権を持つと同時に、会社の代表権も持つことになります。
この形態は、以下のようなケースでよく見られます。
- 社員が1人だけの「一人合同会社」
- 家族経営など、ごく少数の気心の知れたメンバーで運営する会社
- 社員全員が経営に積極的に関与し、対等な立場で事業を進めたい場合
社員全員が業務執行権を持つことで、迅速な意思決定が可能になったり、全員が経営者意識を持って事業に取り組めたりするメリットがあります。
しかし、社員の数が増えてくると、かえって意思決定が煩雑になったり、責任の所在が曖昧になったりするデメリットも生じやすくなります。
会社の規模やメンバー構成、将来の展望などを考慮して、業務執行社員を特定の人物に絞るのか、それとも全員が担うのかを決定することが重要です。
両者の違いを以下の表にまとめました。
項目 | 業務執行社員を定款で定める場合 | 業務執行社員を定款で定めない場合(原則) |
---|---|---|
業務執行権を持つ人 | 定款で定められた業務執行社員のみ | 社員の全員 |
代表権を持つ人 | 原則として業務執行社員全員(定款や互選で代表社員を定めることも可能) | 社員の全員(定款や互選で代表社員を定めることも可能) |
意思決定のスピード | 比較的早い(業務執行社員間で決定) | 非常に早い(ただし人数が増えると煩雑になる可能性) |
適したケース | 役割分担を明確にしたい場合 出資のみを行う社員がいる場合 | 一人合同会社 社員全員が経営に深く関与する小規模な会社 |
このように、合同会社の業務執行社員には特別な資格は不要ですが、「出資者であること」が基本要件となります。
会社の状況に合わせて、誰が業務執行を担うのが最適なのかを慎重に検討しましょう。
失敗しない合同会社の業務執行社員の選び方 5つのポイント

合同会社の成功は、日々の業務を執行し、会社の舵取りを担う「業務執行社員」の選定にかかっていると言っても過言ではありません。
出資者である社員の中から誰を業務執行社員にするかは、会社の将来を左右する極めて重要な意思決定です。
ここでは、後悔しないための業務執行社員の選び方について、5つの重要なポイントを具体的に解説します。
ポイント1 事業内容への深い理解があるか
業務執行社員は、会社の事業を最前線で推進する役割を担います。
そのため、自社が展開する事業の特性、市場環境、顧客ニーズ、そして競合の動向まで深く理解していることが絶対条件です。
単に資金を出したというだけでなく、事業のビジョンやミッションに心から共感し、それを具体的な戦略や日々の業務に落とし込める人物でなければなりません。
例えば、ITサービスを提供する会社であれば技術的な知見が、飲食店であれば店舗運営やマーケティングの知識が求められます。
その人物が事業の核となる部分を理解し、情熱を持って取り組めるかどうかを慎重に見極めましょう。
ポイント2 経営に関する知識や経験が豊富か
合同会社は株式会社に比べて迅速な意思決定が可能ですが、その判断を誤れば会社の存続が危うくなります。
そのため、業務執行社員には経営者としての視点とスキルが不可欠です。
特に、以下の分野に関する知識や経験は重要視すべきです。
- 財務・会計:会社の資金繰りを管理し、決算書を読み解き、健全な財務状況を維持する能力。
- マーケティング・営業:自社の製品やサービスを市場に広め、売上を拡大させる戦略を立てる能力。
- 人事・労務:従業員の採用や育成、労務管理に関する知識。
- 法務・コンプライアンス:事業に関連する法律を遵守し、リスクを管理する意識。
過去に事業を運営した経験や、他社でマネジメント経験がある人物は有力な候補者となります。
全ての分野に精通している必要はありませんが、少なくとも会社の数字を把握し、事業計画を立て、それを実行に移せる能力は必須です。
ポイント3 他の社員との信頼関係が築けているか
合同会社は「人的会社」とも呼ばれ、社員同士の信頼関係が運営の基盤となります。
業務執行社員は、他の社員(特に出資のみで経営に関与しない社員)から経営の全権を委任される立場です。
そのため、他の社員から「この人になら会社の未来を任せられる」と心から信頼されていることが何よりも重要です。
日頃からのコミュニケーションの取り方、約束を守る誠実さ、物事を公平に判断する姿勢など、その人物の人格やリーダーシップを総合的に評価しましょう。
意見が対立した際にも感情的にならず、建設的な議論を通じて全員が納得できる結論を導き出せるような人物が理想です。
ポイント4 複数人にする場合は役割分担を明確にする
業務執行社員を複数人置くことで、それぞれの専門知識を活かしたり、業務負担を軽減したりするメリットがあります。
しかし、役割分担が曖昧だと「船頭多くして船山に登る」状態に陥り、意思決定が遅れたり、責任の所在が不明確になったりするリスクも伴います。
複数人の業務執行社員を置く場合は、必ず定款や社員間の合意書などで、それぞれの権限と責任範囲を明文化しておきましょう。
これにより、無用なトラブルを未然に防ぎ、組織として円滑に機能させることができます。
氏名 | 主な担当領域 | 具体的な業務内容 |
---|---|---|
Aさん | CEO (最高経営責任者) / 営業・マーケティング | 経営全般の統括、事業計画の策定、新規顧客開拓、広報戦略の立案 |
Bさん | CTO (最高技術責任者) / 開発 | 製品・サービスの開発統括、技術戦略の策定、インフラ管理 |
Cさん | CFO (最高財務責任者) / 管理 | 資金調達、経理・財務、人事・総務、法務関連業務 |
ポイント5 欠格事由に該当しないかを確認する
最後に、法律上の要件として、業務執行社員になることができない「欠格事由」に該当しないかを確認する必要があります。
これは基本的な確認事項ですが、見落とすと選任自体が無効となり、登記手続きも進められません。
会社法で定められている主な欠格事由は以下の通りです。
選任手続きを行う前に、候補者がこれらのいずれにも該当しないことを必ず確認してください。
項目 | 内容 |
---|---|
法人 | 法人は業務執行社員にはなれません。(ただし、法人が合同会社の「社員」になること自体は可能です) |
成年被後見人・被保佐人 | 成年被後見人または被保佐人(※一部例外規定あり) |
法令違反による処罰(会社法など) | 会社法、金融商品取引法などの特定の法律に違反し、刑に処せられ、その執行を終えてから2年を経過しない者 |
法令違反による処罰(上記以外) | 上記以外の法令に違反し、禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで、またはその執行を受けることがなくなるまでの者(執行猶予中の者を除く) |
これらのポイントを一つひとつ丁寧に検討し、総合的な観点から最適な人物を選ぶことが、合同会社の持続的な成長の礎となります。
合同会社の業務執行社員が負う責任と権限の範囲

合同会社の業務執行社員は、会社の経営を実際に動かす中心的な存在です。
そのため、業務を円滑に進めるための広範な権限が与えられています。
しかし、その権限には常に重い責任が伴います。権限と責任は表裏一体であり、両方を正しく理解しておくことが、健全な会社運営と無用なトラブルを避けるための鍵となります。
ここでは、業務執行社員が持つ具体的な権限と、会社法で定められている重要な義務、そして万が一会社に損害を与えてしまった場合の責任について詳しく解説します。
業務執行社員が持つ主な権限
業務執行社員の最も基本的な権限は、その名の通り「会社の業務を執行する権利」です。
定款に別段の定めがない限り、各業務執行社員が単独で会社の業務を執行する権限を持ちます。
これは、迅速な意思決定を可能にする合同会社のメリットの一つです。
主な権限には、以下のようなものが挙げられます。
権限の種類 | 具体的な内容例 |
---|---|
業務上の意思決定権 | 取引先との契約締結、新規事業の計画立案、商品やサービスの価格設定、従業員の採用や労務管理など、日常的な経営に関する決定 |
財産の管理・処分権 | 会社の資産(現金、預金、不動産、設備など)の管理、および業務上必要な範囲での処分 |
訴訟上の代理権 | 会社が訴訟の当事者となった場合に、会社を代理して訴訟を遂行する権限(ただし、代表社員が定められている場合は代表社員が担うのが一般的) |
その他業務執行に関する一切の行為 | 上記に含まれない、会社の事業目的を達成するために必要なあらゆる業務行為 |
ただし、これらの権限は絶対的なものではありません。
定款で特定の業務執行社員の権限を制限したり、重要な業務執行については他の社員の同意を必要とすると定めたりすることが可能です。
会社の規模や実態に合わせて、定款で権限の範囲を明確にしておくことが重要です。
業務執行社員が負う重要な義務
大きな権限を持つ業務執行社員は、その対価として会社に対して忠実に業務を遂行する義務を負います。
これは会社法にも明確に規定されており、特に重要なのが「善管注意義務」と「忠実義務」の2つです。
これらは株式会社の取締役に課される義務とほぼ同じ内容であり、経営を任された者としての基本的な心構えとも言えます。
善管注意義務
善管注意義務とは、「善良な管理者の注意義務」の略称です。
これは、業務執行社員の職業や専門家としての地位、能力などから判断して、客観的に見て通常期待されるレベルの注意を払って職務を行う義務を指します(会社法第593条1項、民法第644条準用)。
簡単に言えば、「経営のプロとして、常識的に考えてやるべきことをきちんとやりなさい」という義務です。
個人的な能力不足を理由に「知らなかった」「できなかった」という言い訳は原則として通用しません。
例えば、以下のようなケースは善管注意義務違反に問われる可能性があります。
- 十分な市場調査や収益予測を行わずに、個人的な思い込みで多額の投資を行い、会社に大きな損失を与えた。
- 取引先の信用調査を怠ったために、売掛金が回収不能になった。
- 法令や規則の変更を確認せず、コンプライアンス違反を犯してしまった。
経営判断にはリスクがつきものであり、結果的に失敗したからといって直ちに義務違反となるわけではありません。
しかし、判断の過程で必要な情報収集や検討を怠ったと認められれば、善管注意義務に違反したと判断されることになります。
忠実義務
忠実義務は、善管注意義務をさらに具体化し、より厳格にした義務です。会社法第593条2項で「業務を執行する社員は、法令及び定款を遵守し、会社のために忠実にその職務を行わなければならない」と定められています。
この義務の核心は、業務執行社員が自己または第三者の利益を図るのではなく、常に会社の利益を最優先して行動しなければならないという点にあります。
特に、以下の2つの行為は忠実義務の観点から厳しく制限されています。
制限される行為 | 内容と必要な手続き |
---|---|
競業取引 | 業務執行社員が、自己または第三者のために、会社の事業と同じカテゴリーの取引を行うことです。会社の事業と競合し、会社の利益を害する可能性があるため、原則として禁止されています。これを行うには、事前に他の社員の過半数の承認を得る必要があります(会社法第594条)。 |
利益相反取引 | 業務執行社員が会社と直接取引(自己取引)したり、会社が業務執行社員の債務を保証するなど、会社と業務執行社員の利益が相反する取引のことです。社員が不当に利益を得て、会社が損害を被るリスクがあるため、この取引を行うには他の社員の過半数の承認を得る必要があります(会社法第595条)。 |
これらの承認を得ずに行った取引は、後から会社に損害を与えた場合、任務を怠ったものと推定され、損害賠償責任を追及される可能性が非常に高くなります。
会社に損害を与えた場合の損害賠償責任
業務執行社員が善管注意義務や忠実義務に違反するなど、その任務を怠った(任務懈怠)結果、会社に損害を与えてしまった場合、その社員は会社に対して損害を賠償する責任を負います(会社法第597条)。
この責任は非常に重いものです。
例えば、承認を得ずに競業取引を行い、その結果、本来会社が得られたはずの利益が失われた場合、その逸失利益が損害額として認定されることがあります。
また、複数の業務執行社員が関与して会社に損害を与えた場合は、原則として連帯して賠償責任を負うことになります。
業務執行社員の会社に対する損害賠償責任は、原則として総社員の同意がなければ免除されません(会社法第598条)。
一部の社員の同意だけでは責任を免れることはできず、これは業務執行社員がいかに重い責任を背負っているかを示しています。
合同会社の業務執行社員に就任するということは、会社の未来を左右する権限と、経営の結果に対する全責任を引き受けることであると深く認識しておく必要があります。
合同会社の業務執行社員を定める手続きと登記方法

合同会社の業務執行社員を誰にするかを決めたら、その内容を法的に有効なものにするための手続きが必要です。
具体的には、会社の根本規則である「定款」で定め、その内容を法務局に「登記」します。
この手続きを正確に行うことで、会社の運営体制が内外に明確になり、円滑な事業活動の基盤が築かれます。
ここでは、業務執行社員を定める具体的な手続きと登記方法について、設立時から変更時に至るまでを詳しく解説します。
定款で業務執行社員を定める
業務執行社員は、原則として会社の憲法ともいえる「定款」に記載して定めます。定款で定めることにより、誰が会社の業務を執行する権限を持つのかが明確になり、社員間の役割分担や責任の所在がはっきりします。
定款での定め方には、主に以下のパターンがあります。
- 特定の社員を業務執行社員として指定する方法
最も一般的な方法です。「当会社の業務執行社員は、社員〇〇とする」のように、個人の氏名を具体的に記載します。これにより、特定の人物に経営を集中させたい場合に有効です。 - 社員の互選によって定めるとする方法
「当会社の業務執行社員は、社員の互選によって定める」と定款に記載する方法です。この場合、定款とは別に、社員間で話し合って業務執行社員を選び、その結果を証明する「互選書」を作成します。柔軟な組織運営が可能になります。 - 社員全員を業務執行社員とする方法
定款で特に業務執行社員を定めない場合、原則として社員全員が業務執行社員となります。これを明確にするために、「当会社の社員は、すべて業務執行社員とする」とあえて定款に記載することもあります。小規模な会社で、全員が経営に携わる場合に適しています。
会社設立時に作成する「原始定款」にこれらの規定を盛り込むのが最初のステップです。
合同会社の定款は株式会社と異なり、公証役場での認証は不要ですが、設立登記の際に法務局へ提出する重要な書類となります。
業務執行社員を選んだ後の登記手続きの流れ
定款で業務執行社員を定めただけでは、その情報を取引先などの第三者に対して公的に証明することはできません。
業務執行社員の氏名(法人の場合は名称)と住所は登記事項であり、法務局に登記申請して初めて第三者対抗要件を備えます。
登記を怠ると、金融機関からの融資や重要な契約において支障が出る可能性があるため、必ず行いましょう。
会社設立時における登記手続きの基本的な流れと必要書類は以下の通りです。
書類名 | 概要 |
---|---|
合同会社設立登記申請書 | 法務局のウェブサイトにある様式に従って作成します。登録免許税分の収入印紙を貼付します。 |
定款 | 業務執行社員に関する定めを記載した定款です。製本し、全社員が記名押印(または署名)します。 |
代表社員の印鑑証明書 | 代表社員個人の印鑑証明書(発行後3ヶ月以内)が必要です。 |
払込証明書 | 全社員からの出資金の払込みがあったことを証明する書類です。 |
(該当する場合)社員の互選書および就任承諾書 | 定款で互選を定めた場合に必要です。選ばれた業務執行社員が就任を承諾したことを示す書類も添付します。 |
(該当する場合)法人の登記事項証明書など | 法人が業務執行社員になる場合に、その法人の登記事項証明書や、職務執行者の選任に関する書面、職務執行者の就任承諾書などが必要になります。 |
これらの書類を準備し、管轄の法務局に持参、郵送、またはオンラインで申請します。
申請後、通常1週間から2週間程度で登記が完了し、登記事項証明書(登記簿謄本)を取得できるようになります。
業務執行社員を追加・変更する場合の手続き
会社の状況変化に伴い、業務執行社員を追加したり、交代させたりする必要が生じることがあります。
例えば、事業拡大のために新たな経営メンバーを加えたり、既存の業務執行社員が退任したりするケースです。
このような場合も、法務局への変更登記申請が必須となります。
手続きの基本的な流れは以下の通りです。
- 定款変更または互選の実施
業務執行社員の変更には、原則として「総社員の同意」による定款変更が必要です。ただし、定款に「社員の互選による」と定めがある場合は、互選によって変更し、その議事録や互選書を作成します。 - 必要書類の準備
変更内容に応じて、総社員の同意書、変更後の定款、新たに就任する人の就任承諾書、退任する人の退任届などを用意します。 - 変更登記申請
業務執行社員に変更があった日から2週間以内に、管轄の法務局へ変更登記を申請しなければなりません。この期限は会社法で定められており、遅れると過料(罰金)の対象となる可能性があるため注意が必要です。
変更登記に必要な登録免許税は、資本金が1億円以下の会社であれば1万円(1億円超の場合は3万円)です。
手続きをスムーズに進めるため、事前に法務局のウェブサイトで必要書類を確認するか、司法書士などの専門家に相談することをおすすめします。
合同会社の業務執行社員に関するよくある質問

合同会社の設立や運営を検討する中で、業務執行社員に関して具体的な疑問を持つ方は少なくありません。
ここでは、報酬の決め方から人数の上限、退職時の手続きまで、実務上よく寄せられる質問とその回答を詳しく解説します。
業務執行社員の報酬はどのように決める?
業務執行社員の報酬は、株式会社の役員報酬とは異なり、比較的柔軟に決定することができます。
しかし、後のトラブルを避けるためにも、明確なルールを定めておくことが重要です。
決定方法には主に2つのパターンがあります。
定款で直接定める方法
一つ目は、会社の憲法ともいえる定款に、報酬の具体的な金額や算定方法を直接記載する方法です。
例えば、「業務執行社員Aの報酬は月額50万円とする」「各業務執行社員の報酬は、事業年度末の純利益の5%とする」といった形で定めます。
この方法は、一度定めると変更する際に定款変更の手続き(原則として総社員の同意)が必要になるため、柔軟性には欠けますが、透明性は非常に高くなります。
総社員の同意によって定める方法
二つ目は、より一般的で柔軟な方法です。定款には「業務執行社員の報酬は、総社員の同意をもって定める」という趣旨の規定のみを置き、具体的な金額は別途、総社員の同意書などで決定します。
この方法であれば、業績の変動や業務内容の変更に応じて、定款を変更することなく機動的に報酬額を見直すことが可能です。
いずれの方法を選択するにせよ、報酬の決定には、原則として業務を執行しない社員も含めた「総社員の同意」が必要である点を忘れないでください。
また、税務上、不相当に高額な報酬は損金として認められない(経費として計上できない)リスクがあるため、事業規模や業務内容、他の社員とのバランスを考慮して、社会通念上妥当な範囲で設定することが賢明です。
業務執行社員は何人まで置ける?
結論から言うと、会社法上、合同会社の業務執行社員の人数に上限や下限の定めはありません。
社員が1名のみの合同会社であれば、その1名が業務執行社員となりますし、10名の社員全員を業務執行社員とすることも可能です。
ただし、実務上の観点から、人数によってメリットとデメリットが生じます。
会社の規模や事業フェーズに合わせて最適な人数を検討することが、円滑な会社運営の鍵となります。
人数 | メリット | デメリット |
---|---|---|
1人または少数 | 意思決定が迅速に行える責任の所在が明確になる機動的な経営判断が可能 | 業務負担が特定の人に集中しやすい独断的な経営に陥るリスクがあるその社員が不在の場合に業務が停滞する可能性がある |
複数人 | 業務を分担し、負担を軽減できる多角的な視点から物事を判断できるそれぞれの専門性や得意分野を活かせる | 意見が対立し、意思決定に時間がかかることがある責任の所在が曖昧になりやすい社員間の連携がうまくいかないと非効率になる |
複数人の業務執行社員を置く場合は、誰がどの業務を担当するのか、役割分担を明確にしておくことが特に重要です。
さらに、複数人の中から代表社員を1名以上選定しておくと、契約などの対外的な行為における窓口が一本化され、取引先も安心して取引ができます。
業務執行社員が退職するとどうなる?
合同会社において、業務執行社員が「退職」するということは、法的には「社員」の地位から「退社」することを意味します。
業務執行社員であるという地位は、社員であることが前提となっているためです。
社員が退社した場合、会社や他の社員に与える影響は株式会社の株主が株式を売却するケースよりも大きい場合が多く、特に注意が必要です。
社員の退社には、本人の意思による「任意退社」と、死亡や破産、除名といった法律で定められた事由による「法定退社」があります。
持分の払い戻し請求権
退社する社員には、その時点の会社の財産状況に応じて「持分の払い戻し」を請求する権利があります。
これは合同会社の非常に重要な特徴です。会社の純資産額を基に退社する社員の出資割合に応じて計算された金額を、会社は現金で支払わなければなりません。
会社の業績が良い場合、払い戻し額が出資額を大幅に上回り、会社の資金繰りを圧迫するケースも少なくありません。
この持分払い戻しを巡ってトラブルに発展することも多いため、定款で払い戻しに関するルール(評価方法など)をあらかじめ定めておくことが推奨されます。
登記の変更手続き
業務執行社員や代表社員は登記事項です。
そのため、業務執行社員が退社した場合は、法務局で変更登記の手続きを行う必要があります。
特に、代表社員が退社した場合や、業務執行社員が1名しかおらず、その社員が退社した場合は、速やかに後任者を選任し、変更登記を申請しなければなりません。
この手続きを怠ると過料(罰金)の対象となる可能性があります。
もし、社員が1人しかいない合同会社でその社員が退社した場合、会社には構成員がいなくなるため、その会社は解散することになります。
まとめ
合同会社の業務執行社員は、会社の経営を担う中心的な存在です。
株式会社の取締役に相当し、事業の方向性を決め、日々の業務を遂行する重要な役割を担います。
そのため、事業への深い理解や経営経験、他の社員との信頼関係を基準に選ぶことが会社の成功の鍵となります。
業務執行社員は強い権限を持つ一方、善管注意義務などの重い責任も負うため、その役割と責任範囲を正しく理解し、定款や登記の手続きを適切に行うことが不可欠です。